生活

2013年4月3日 at 5:40 AM

オランダ安楽死法制定から12年 現在の状況は?

2013/3/14 終活ニュース 【ネット記事】オランダの高齢者、安楽死に対する容認者増える 

 

オランダでは2001/4/10、オランダ議会上院における62%の賛成で、「要請に基づく生命の終焉ならびに自殺融助法」(安楽死法)が制定されました。

 

この記事内で安楽死の是非を語ることはあえていたしません。起きたことのみを掲載するにとどめようと思います。

 



尊厳死と安楽死

尊厳死(death with dignity)は末期癌等の患者が自発的に延命処置を拒否し自然のままに死ぬ事を指します。

 

一方安楽死(euthanasia, eu=well, thanasia=to die)は痛みに苦しむ末期の患者に、医師が薬物などを投与して死なせる事を指します。安楽死はさらに治療を中止する 「消極的安楽死」と、薬物を投与する「積極的安楽死」とに分けられます。モルヒネ投与など苦痛の除去と緩和措置を治療自体よりも優先する事も、「消極的安楽死」に含まれると考えられています。

 

安楽死容認のきっかけとなったポストマ医師事件(1971年)

ポストマ医師の実母が脳溢血で倒れた後、部分麻痺、言語障害、難聴などで苦しみ、ベッドからわざと落ちたりして何度か自殺を図ったが、毎回失敗して死に切れず普段から「死にたい」と言い続けていた。

娘のポストマ医師は母親の願いを聞き入れ安楽死をさせてあげようと決心し、同じ医師である夫に相談した。夫は彼女の意思に賛成した上で代わりに自分が違法行為を実施する意思を伝えた。ところが夫 が実施する寸前に、ポストマ医師は「やはり自分が母を楽にさせてあげたい」と言い張り、自分の腕の中に母を抱いてモルヒネニ○○ミリグラムを注射、 安らかな眠りにつかせた。そして、すべての事情を書きとめた報告書を持って警察に自首した

 

この事件が知られると、彼女に対する同情と支持が、患者や友人たちをはじめ多くの市民たちから寄せられ、多くの医師たちもともに「ポストマ医師を救え」と立ち上がり、安楽死問題に大きな社会の関心が集まった。

 

1973年、レーウワーデン裁判所でポストマ医師に対して、オランダ刑法第二九三条違反として「一週間の懲役並びに一年間の執行猶予」の判決が下された。そして本裁判において、「レーウワーデン安楽死容認四要件」が認定された。

患者は、不治の病に罹っている 

耐えられない苦痛に苦しんでいる。

自分の生命を終焉させてほしいと要請している。 

患者を担当していた医師あるいはその医師と相談した他の医師が患者の生命を終焉させる。

 

本人の強い意思による安楽死容認のきっかけとなったアルクマール事件(1984年)

患者マリアは、医師から悪化していく自分の病状について詳しく説明された際「もし自分が尊厳を保てる状態にまで回復することが期待できなくなった場合には、安楽死をさせて欲しい」と意思表示をした。

マリアは、難聴で目も見えず言語障害もある上に、九四歳で腰を骨折してしまった。その後、病状が悪化して昏睡状態に陥ったが、数日後に意識が戻った時、マリアは「この年で、このような状態で生きていたくない」と訴えた。医師は、マリアに病状の説明をした後で、助手の医師とマリアの息子に相談したところ、 二人とも「マリアの希望を入れてあげるべきだ」という意見だった。そこで医師はマリアと話し合い希望を入れ安楽死を実施、警察に自首した。

アルクマール地方裁判所では、「被告医師には違法行為はない」と判決を下した。

 

 

末期状態でなくても容認されるきっかけとなったアドミラール事件(1985年)

多発性硬化症により、肉体的並びに精神的苦痛にさいなまれている34歳の終末期ではない女性患者の真摯な要請に基づき、1985年自発的安楽死の率先的実施者であるアドミラール医師が、安楽死を実施し起訴された。

ハーグ下級裁判所で「医師の緊急避難」が認められて、不起訴になった

 

これまでの議決追認に基づいた「安楽死のガイドライン」制定(1993年)

 

 

精神的な苦痛についての安楽死容認のきっかけとなったシャボット医師事件(1994年)

1994年6月21日のオランダ最高裁判所の裁判において、「心の痛みで生きる意欲も意義も見失って、自発的安楽死を求めた50歳の病気ではない女性の自発的安楽死」を認めた。この女性に自発的安楽死をさせたシャポット医師は、安楽死を実施したことそれ自体ではなく、複数の精神科医の意見を徴しはしたが直接に診察してもらわなかった科により、「有罪であるが、刑罰は科さない」という判決を受けた

 

ポストマ医師事件から約30年越しの努力で安楽死法が制定(2001年)

 

全死亡者の3%が安楽死(2010年)

オランダの中央統計局(CBS)が水曜日に発表した記事によれば、2010年にはオランダ全土で3800人が安楽死で亡くなっている。これは全死亡者の2.8%である。2005年には1.7%、2001年には2.5%であった。また2010年には78000人が治療を終了することにより亡くなっており、これは全死亡者の58%である。

 

認知症の女性に安楽死(2011年)

2011年11月、重度のアルツハイマー型認知症を患う64歳の女性に安楽死が行われた。

2002年、世界でいち早く安楽死の権利を合法化したオランダでは、医師がこれ以上は治療不能と診断した病気で、患者が極度の苦痛を受けている状況で、完全な知的能力があるときに安楽死を選択する権利がある。
同国では今年1月、同協会が「安楽死クリニック」開業が近いという報道もされており、一般開業医向けの「安楽死キット」なるものも薬局で販売されているという。

今回の患者は数年前から安楽死を希望していており、その意志が尊重されたことになる。

 

移動式安楽死サービス「安楽死クリニック」開始(2012/3)

死ぬ権利の会(NVVE)により「人生を終えるクリニック」がハーグで開園。ホームドクターで安楽死を受けられない人は2012年の半ばからこのクリニックで人生を終えることが可能となった。

 

そして2013/3現在

「ホームドクターと科学」というオランダの専門雑誌の調査によれば、高齢者が自分が安楽死を選ぶ可能性に対し否定しない人が増えている。調査は2002年、2006年、2009年に64歳以上の高齢者約1300人に対し行われたもので、ホームドクターを介して命を終焉させる事に対しど のように考えているかを聞いている。

64歳から74歳の人で、自分が安楽死を選ぶかもしれないと答えた人は2002年には58%だった。これが2009年には70%へと増えている。

安楽死を促す薬であるドリオン・ピル (drion’s pill)を使い命を終焉させることに異論のない人は、31%から45%へと増えている。しかし、実際にこの方法に承諾をする書類に署名するかどうかはまた別問題である。

 

自殺ツアーの現実 外国人による安楽死サービスの利用方法

現在安楽死は、米国オレゴン州・ワシントン州、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクなどで認められていますが、、自国を訪れる外国人にも同等の権利を与えているのはスイスだけ。

安楽死

費用は15万円程度。申し込みには治療が困難であるという医師の診断書が必要。もちろん厳しい審査を通った場合のみでの実行となる。

 孤独死 その時安らかな死を選びますか? ヘリウムガスによる安楽死の方法

 

足腰も立たず、海外への渡航費用も捻出できない。協力してくれる家族・友人もいない。その時どうしますか?

安楽死02

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