健康・医療

2015年7月18日 at 2:31 AM

若年性アルツハイマーになっても働き続ける|2つのノートを使い分けるのが鍵!

2015/7/14 ガイアの夜明け

 

 

ネッツトヨタ仙台に勤める丹波智文さん(41)。お洒落して外に出かける。気分を明るくするためだという。

途中で意識があやふやになっても大丈夫なように、「私は若年性アルツハイマーです」というカードを定期券に入れている。

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自動車販売会社のエリート営業マンだったが、2年前に診断が下された。

丹波さん「子供がまだ小さいので、なんとしても働きたい。」

ネッツ

 

今は総務人事部に所属する。

退職金や職員の出勤簿の管理など。

 

 

コピーなどの軽作業もする。

記者「何の用紙ですか?

丹波さん「・・・・。わからないです」

 

 

5分後にまた聞いてみた。

記者「これは何の書類ですか?」

丹波さん「業績評価表です。各店舗への送付分」

 

 

聞き方が悪かったように思う。

 

丹波さん「とくに同じフロアで働く人の顔をはっと忘れるのが非常に苦労しています。本当にはっという感じで忘れてしまいます」

 

自分のやること、手順を2つのノートに分けて整理している。

仕事はまずこのノートの確認からスタートする。

 

 

・今やることは、緑色のノートに記載する

・終わったことは茶色のノートに記載する

 

 

丹波さんが行う仕事は50個。退職金の計算や勤務状況管理など。

思考能力・判断力自体は衰えていないので、ノートから記憶を引っ張り出せれば仕事は問題なく出来る

この丹波さんのやり方は、アルツハイマーではない他の職員も多く真似するようになった。

 

 

社長「周りに聞いたり、メモを取ったりして着実に業務を遂行できている」

 

 

丹波さんは6年前に、お客様の家にカレンダーを届けに行った際に、部屋番号を確認しては中に入り忘れるを繰り返したことから異変を自覚した。

 

当時の直上の上司・針生造二さん「昨日、一昨日、3日前のことを覚えていられない、。最初はストレスが原因かと思った」

 

そこで病院に行き、東北大学で正式に若年性アルツハイマーだと診断された。

そのとき人生が終わったと感じたという。

 

 

社長に話したら、「でも身体は動くんだろう?」と気を遣ってくれ、仕事を続けていいと言ってもらえた。

車に乗って帰るときに実家の母親に電話した時点で自然と涙ぐんだという。

 

ネッツトヨタ 仙台  野上社長

自分がもしもというときにでも働けるんだという安心感を社全体に与えたかった

 

 

丹波さんは食欲は旺盛で、昼食後20~30分、休むのを許されている。

 

新人の研修の仕事も振られるようになった。

元々最前線の営業マンだったので、新人の応待を見て改善点などはきちんとアドバイス出来る。

 

社長「指導や話し相手など、どんどん働き場所を作っている」

 

 

初めのうちは夜も不安と恐怖で泣いてばかりだった。

丹波さん「泣きたくて泣いているのではなく、ただ涙が出るんです。怖い」

 

 

65歳以下の若年性アルツハイマーは全国で45万人が発症している珍しくない病気なのである。

 

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