芸能

2015年8月12日 at 12:45 AM

中川翔子|白血病で死んだアイドル歌手の父・中川勝彦から託された想い

2015/8/11 ナイナイアンサー

 

中川翔子の父・勝彦さんはアイドル歌手で、32歳のときに白血病で死亡している。そのとき翔子は9歳。母は桂子。

 

翔子「イケメンだった。父親というより良いお兄さんという感じ。家にいることが少なかったが、翔子、これを読まないと良い大人になれないぞ?と漫画を勧めてくるなどフランクなところがあった」

勝彦

 

死後4年目、引越しの際に荷物から母の日記を見つけた。

見ると

 

お腹の子を置いて、誰とどこにいるの?

 

 

と書いてあった。

 

その時翔子には、パパは私を望まなかったのでは?という疑念が生じた。

 

 

翔子「父も若かったし色々まだ未熟なところもあったんだろうけど、その時は自分が必要とされない子だと感じ、アルバムの父親の写真をすべて剥がして捨ててしまった」

 

 

2015年。ちょうど勝彦が白血病になった30歳を迎えた翔子が、父をもっと知りたいと思い、当時を知る人を巡った。

 

 



◆特殊メイクアップアーティスト・原口智生さん

勝彦の兄貴分だった存在。

 

原口「福生に横田基地があって、そこの米軍ハウスを借りて、工房兼自宅を作った。そこに勝彦さんが多くやってきていた。

ちょうど紅茶のCMでブレイクしたときに、アトリエに泊り込んで新しいCM曲を作ったりしていた。

でも本音はロックがやりたいんだと言っていた。」

 

 

翔子は22歳のときの子供。若いが故に苦悩し、道を踏み外すこともあった普通の青年だったのだ。

 

 

◆麻布ラミーズ 内田ミミさん

翔子が子供の頃からの付き合いがある。

 

内田「将来の夢をお母さんと二人でよく語り合っていた。

 

白い家を建て、バラの垣根を作って、その家に子供を迎えたいと言っていた。」

 

 

当時、家にいなかった翔子は父に反発していたが、間違いなく愛されていたのだ。

そして家にいなかった理由は外で女を作っていたわけでなく、純粋に仕事をしていたためであった。

 

 

◆母・中川桂子からの手紙

 

30歳おめでとう。面と向かって話すのは恥ずかしいので手紙で失礼します。

お父さんは、今のお前と同じ30で白血病にかかり、2年の闘病生活の後亡くなりました。

 

仕事が忙しくてなかなか二人の時間を作れないときに、どうしても二人の子供が欲しいと言って来ました。それはキミを1人にしたくなかったからだと。自分の分身である子供が居れば寂しくないだろうという理由でした。

 

その日、奇跡のように貴方を授かったことがわかりました。

周囲を説得して回るお父さんの背中は頼もしく思えました。

 

貴方の活躍を喜び、応援し、貴方とともに父が叶える事ができなかった想いを貴方が今継いでくれています。

 

これは言うつもりはなかったのですが、お父さんは骨髄移植することで助かる見込みがありました。

しかし誰にも適合しなかったので、翔子も検査しようとしましたが、お父さんは、翔子の小さい身体に負担をかけたくないと、翔子の検査はやめて欲しいと言いました。

 

俺のために翔子の身体に傷をつけるのは許せない。

その後もドナーは見つからず、お父さんは亡くなったのです。

One Comment

  1. Pingback: 中川翔子、水木しげるさん悼む…亡き父の教えに不思議な運命… – AutoPosttest

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