グルメ 事件

2015年10月12日 at 9:25 AM

つけ麺大勝軒分裂|「のれん会」と「大勝軒味と心を守る会」の仁義無き争い

大勝軒の創業者である山岸一雄さんは元々、中野大勝軒で従業員として勤めていました。

しかし、山岸さんが店の人間や常連客などに裏で出していた新メニュー・つけ麺に手ごたえを感じると、東池袋 大勝軒を立ち上げて独立します。

 

 

山岸さんの店には、お客だけでなく、製法を教えて欲しいという弟子の行列まで出来るようになり、山岸さんは広く伝えて欲しいと、青森から電話で製法の問い合わせをした人にも、寛容に電話で作り方を教え、もし一定の条件をクリアできれば大勝軒の名で営業してもらっても構わないという話まで切り出します。

 

 

そうして、2008年 弟子たちが募り、のれん会が設立されます。

一方でのれん会に加入しないで、商品開発や外国での展開に努める弟子や、山岸さんとは古株の付き合いの人たちもいました。

 

 

山岸さんが2015/4に亡くなる前に、山岸さんが一人暮らしで車椅子生活を送っていたとき(2007~)に、身の回りの世話をしていたのは後者ののれん会に加盟していない人たちでした。

この時に、「俺たちが山岸さんの世話をしているのに」と「俺たちは店を守ってんだ」という二つの立場にほころびが生まれます。

 

 

山岸さんの死後、のれん会は山岸さんの代表面をして、大勝軒の流派である店のPRや取材をのれん会の承諾なしに行えないような規律を一方的に制定し、大勝軒ブランドの商品開発も山岸さんが生前に許可していたとしてものれん会の承諾なしにはしてはならないと主張し出します。

 

また山岸さんの葬儀の際も、「のれん会に加入していなかった弟子は帰れ!」と線香も上げさせない状態でした。

 

 

これにより、のれん会と、のれん会に加入してなかった人たちに確執が広がり、のれん会に加入していなかった人たちは、大勝軒味と心を守る会を立ち上げ、のれん会に対抗しようとします。

 

現在のれん会加盟店は38。

大勝軒味と心を守る会加盟店は31です。

山岸

 

この争いに、全ての大勝軒の元祖である中野大勝軒の社長が、2015/10/11 「山岸さんの意思を継いで話し合ってくれ」と仲裁に出ました。

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