事件

2015年11月6日 at 3:47 PM

神谷力のトリカブト殺人事件|2つの毒の拮抗作用を使いこなすプロ

2015/11/4 水トク!ザ・鑑識

 

 

トリカブトは食後10~20分で発症する猛毒である。

2012年、ある医療刑務所で1人の男が死亡した。名前は神谷力。

神谷

 

1986/6、琉球大学法医学教室 大野曜吉の元に、雑誌記者青山晃が訪ねてきた。

沖縄旅行中に死亡したある女性について先生が関与していませんか?という内容だった。

 

神谷力がその夫だった。

 

 

1986/5/20 大野の助手の斉藤村恵は八重山警察署から解剖依頼を受けた。担当した刑事の平島平介によると旦那と一緒に旅行していたが、旦那が途中で大阪に帰るというので、友人と合流し女3人で旅行を続けていたところその女性は苦しみだしたという。そのとき夫はまだ沖縄に居たらしい。

 

 

解剖したところ、内臓は綺麗で若くして急死に繋がる要素は見つけられなかった。大野は心臓を取り出し、血液を保存した。

 

 

当日の女性=理香子の動きは以下だった。

 

1986/5/14 理香子は夫と那覇に旅行に来ていた。

9:30に朝食をとり、10:30チェックアウトし那覇空港に向かった。そして友人と合流し石垣島へ向かった、夫は大阪へ帰る飛行機を待っていた。

11:40 空港ロビーで夫と別れ、0:53に石垣島へ向かった。このときの理香子の様子は明るくいつもと変わらなかったという。

しかしホテルへ向かうタクシーの車内で黙り込み、ホテルに到着すると、全身すごい汗で顔も真っ青だった。

13:27にホテルの部屋のトイレに駆け込み嘔吐。痙攣が止まらず

14:10に病院に搬送されたが既に心配停止状態だった。そして15:04死亡。

 

 

朝はパンとコーヒー以外口にしていないと理香子本人が語っていた。休憩タイムにもなにか口にしていたことはなかった。

 

 

大野は解剖結果を説明するために神谷力に会った。

 

神谷はご迷惑をおかけしましたと言った。

現段階では心筋梗塞という判断だということを伝えると、実はこれで3人目だと口にしだした。

 

最初の妻は3年前に亡くし、2人目はウィルス性心筋炎で。そして3人目が理香子である。

 

 

神谷「臓器は全て返していただけましたか?若くして亡くなったので、せめて綺麗にして葬ってやりたいんです」

大野「検査に必要なもの以外は返しました」

 

 

大野はそのときの神谷の様子を、妙に冷静で離すときこちらを見なかったことから不審に思った。

しかし青山によると妻に保険金をかけていたということはないと警察に否定していたという。

 

 

一応ということで採取した30ccの血液が後に事件解決に向かう鍵となった。

 

 

 

1965年、1人目の看護士の女性と結婚し、1981年に胸の痛みを覚えたということで病院に搬送したら心筋梗塞で38歳で死亡した。

1982年、2人目の女性と結婚。結婚直後から救急搬送が多く、1985年急性心不全で亡くなった。二人目は1000万円の保険に入っていた。

 

 

1985年東京。神谷が高級クラブで指名したのが理香子だった。仕事は公認会計士だと言った。

理香子は上京して一人暮らし。ちょうど2人目の妻を亡くして49日目だという神谷。神谷は一人で居ると寂しいので店に来たと言った。

 

 

依頼神谷が店に来る時は理香子を必ず指名した。

そしてたった6日でプロポーズした。

 

 

理香子「困ります。まだ神谷さんのことあまりわからないのに」

神谷「時間ってそんなに大事なものでしょうか?愛情は時間ではありません」

 

 

理香子の相談に乗った友人は、不審に思い公認会計士の登録リストを調べたが神谷の名前はなかった。

そのことを神谷に指摘すると、実は企業コンサルタントをしていて、会計士とやっていることはほとんど変わらないので通りのよい、公認会計士という肩書きを告げてしまったと語った。

 

 

二人はまもなく入籍した。

 

 

大野は何もないことが逆におかしいと思った。死因が特定できないことが怖い。

ある日、神谷から封筒が届き、保険金請求のための書類が送られてきた。

 

 

警察も保険金を実はかけていたことを内々に掴んでおり、その額は2億円に近かった。

 

月々のかけ金は20万円で、入ってから1ヶ月も経っていなかった。

理香子は神谷と付き合い出してから、白いカプセルを神谷から薦められていた。特別に調合したにんにくエキスの錠剤だという。

葬儀に出席した親戚の話だと、神谷の部屋には毒や薬の本が多かったという。

 

 

4社で1億8500万円分の保険。

大野も独自で死因を調べた。心室細動を起こす薬を飲まされていたという仮定でアンフェタミン、カフェイン、ニコチンなど20種類の成分を列挙した。

加えて発汗、嘔吐、痙攣を起こすものは何か調査した。

 

 

神谷は民事訴訟を起こし、保険会社が支払いを拒否した件について戦っていた。

一審は神谷勝訴だった。

 

 

はじめ食中毒かと思ったという助手の言葉に、大野は自然由来の毒物を疑い出した。トリカブト。トリカブトの毒は検出が難しい。

東北大学の微量分析器なら分析できるかもしれないと、1/3の血液を東北大学に送った。

1ヵ月後トリカブトが検出された。

 

 

1999/10 大野が保険会社側の証人として法廷に立った。

神谷は慌てて訴訟を取り下げたが、トリカブトという名前は時代劇で聞いたことがあるくらいしか知らず、妻が死んだとき自分は側にいなかったと語った。

 

 

 

空白の1時間40分の間に何があったのか。11:40に分かれて13:27苦しみ出すまでの間である。

神谷は妻の異変を那覇空港で、理香子の友人から聞き、駆けつけていた。

 

 

白いカプセルの出所は、近所の薬屋で、自分で詰めこむタイプのビタミン剤だった。しかしカプセルでは二重三重にしても効き目を2~3分程度しか遅らせることは出来ない。

神谷は他にもはつかねずみとエタノールを購入していた。

 

 

一課の倉科孝靖は、神谷がアパートを別に借りていたという情報から家宅捜索を行った。

 

 

ガスの検査員が神谷の部屋にフラスコのような化学器具が並んでいるのを目にしていた。

トリカブトは、1981年から福島の店より観賞用として取り寄せたものだと判明した。

 

 

畳になにかこぼしていないかという推定の元に、畳を調べたところ、トリカブトの成分が検出され、神谷は逮捕された。

 

 

また漁業関係者から、神谷に1匹1000円で、クサフグを売ったという証言を得た。

大野は血液を調べなおしたところ、テトロドドキシンも検出された。

 

 

海外の文献に、アコニチン(トリカブト)とテトロドドキシン(クサフグ)の毒は、お互い拮抗作用により毒性を抑えられるということが書かれており、拮抗が崩れると弱いテトロドドキシンの効果が消え、アコニチンの効果が発揮されるという。

 

 

東北大学でも同じ実験をしており説を裏付けるものとなった。

 

 

沖縄にはトリカブトが自生していないこと、離島なので充分な検査はなされないだろうというのが今回の犯行に繋がったのかは不明。

 

そして神谷は無期懲役となり、2012/2/13 ガンで刑務所の中で死亡した。

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